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幼少時代

熊楠生誕地記念碑
熊楠の名は現海南市藤白の藤白王子の境内にある楠神より授かったものといわれ、この神社は、樹齢八百年の楠にコモル(子守)神様として、また楠はよく繁盛するところから子授け、安産、成長の神様として広く信仰を集めている。
この地域では、子供が生まれると必ず当社に詣り、御祈祷を受け、神官から許し名の御守を頂く。
熊楠の名も、この子守楠神社で授けられたものであり、この神様から名を受けると、長命して出世すると言われている。
和歌山県海南市藤白神社
和歌山県海南市藤白神社
和歌山市
和歌山城下の橋丁には、熊楠生誕の地として記念碑が建てられている。

東京

上京して大学に入学した熊楠は、学校の勉強にまったく興味を覚えず、郊外に出て自学に励んでばかりだった。この頃に、植物学者のカーチスやバークレイのようになろうと心に誓った。
後の博物学者としての熊楠の意志が確立した時期であった。


詳しくは、記念館 第一コーナー


財団法人 南方熊楠記念館
〒649-2211 和歌山県西牟婁郡白浜町3601-1(番所山)
TEL・FAX 0739-42-2872
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