こんにちは閑話猿です。
本日5月20日は、1926(大正15)年に南方熊楠の『南方随筆』が発売された日です。
この本は、岡茂雄の経営する岡書院から出版され、熊楠の生涯で2冊目の本となりました。
この年の2月に出版された『南方閑話』は、企画・編集は本山桂川が主体となっていましたが、こちらの編集は博文館の職員であった中山太郎が行っています。この初版の“編者序”には次のようにあります。
南方熊楠氏の書物が、我が国で刊行されなかったに就ては相当の理由がある。氏は日本の現在の国情に愛憎を尽かしている。就中、学者を尊重せぬ気風を嫌厭している。従って発表すべきものがあれば外国ですることで、是れまで誰がすすめても首を縦に振らなかった。これが氏の書物刊行されなかった大なる原因である。然るに今度は如何なる風の吹き廻しにや、容易に承諾されて、然も南方随筆は啻に第一輯のみならず、続南方随筆、更に第三輯を続刊することまで許されたのである。(以下略)
〔漢字、仮名遣いを常用のものに修正した〕
このように続々と出版する計画があったようです。本書には、熊楠が投稿した『東京人類学雑誌』『郷土研究』から抽出された論考を収録しています。
本書が出版された後の影響として、中山太郎が執筆して収録された「私の知れる南方熊楠氏」が物議を起こします。このなかで、中山が描いた神社合祀反対運動時の10行程度の内容が事実に反するとして、柳田国男が抗議をしています。この当時の訂正は紙に「中山君の小生が言といふもの僅十行内外の中に左の諸点は事実に反し居り候/柳田国男」という紙を貼っています(国立国会図書館蔵)。
中山太郎も取材をし、熊楠の半生を描きましたが柳田に関しては裏取りが甘かったようで、柳田国男や小畔四郎から抗議を受け、1933(昭和18)年の第2版刊行時には「私の知れる南方熊楠氏」や中山の序文が削除されています。
こうした熊楠の生前出版については、本年2月22日に当館で開催した講演会で講師の雲藤氏が取り上げています。是非ご参考ください。
雲藤 等「南方熊楠の刊行された著書について―なぜ三冊だけだったのか、その理由を探る―」
国立国会図書館デジタルコレクション 『南方随筆』 柳田国男の訂正紙
https://dl.ndl.go.jp/pid/1871244/1/252
南方熊楠生前出版の3冊 |
柳田国男の訂正紙(国立国会図書館蔵) |
訂正の内容(国立国会図書館蔵) |
南方熊楠生前出版の3冊
柳田国男の訂正紙(国立国会図書館蔵)
訂正の内容(国立国会図書館蔵)