昭和40年の番所山(1):5月5日

皆さん、こんにちは。記念館の「チョボいち」です。
資料整理をしていて、面白い本を見つけました。昭和40(1965)年5月刊、財団法人南方熊楠記念館発行の「完成記念 久遠の光」(非売品)という本です。記念館開館記念の冊子です。当時の記念館理事長和歌山県知事小野真次氏のご挨拶が載っています。

写真集になっています。完成直後の本館の写真や、番所山の写真が掲載されています。今日は当時の自然について紹介します。

明るい松林の中に本館が建っています。今の本館は、照葉樹に埋もれるようなので、当時の様子はとても意外です。​

左の昭和40年頃の碑の周辺にはやはりクロマツ林が見えます。林床には常緑樹が見られますので、陽樹と陰樹の混交林になろうとしている林です。碑の土台は変化していますが、同じ位置にあります。クロマツが枯れて、当時林床にあったヒメユズリハ、ウバメガシ、モッコク、クスノキ、タブノキなどの照葉樹が大きくなって碑を囲み、植えられたアローカリア(シマナンヨウスギ)も大きくなっています。53年で森の様子はこんなに変化するんですね。番所山の記念館裏の森林は、当時から手を加えずに残されてきたので、植物の遷移に関して貴重な資料です。当時は森の枝や落葉を生活のための燃料や肥料として住民はだれでも利用することが出来ました。落ち葉が降り積もって腐食土になることがなかったので、森の土壌は栄養が少ない状態で、そのような痩せた土壌に生えるクロマツ林がみられたのです。明るい松林の林床にはキキョウがたくさん咲いて、この辺りは桔梗平と呼ばれていたそうです。いま、キキョウは絶滅危惧植物になってしまって、白浜では崖の明るいところなどでしかみられません。昭和から平成にかけて、燃料が電気やガスに変わったので枝や落ち葉を利用しなくなり、土壌の栄養分がふえたのでこの地方の本来の森林である照葉樹林へと移り変わってきたのです。番所山はフィールドミュージアムです。人が手入れをして誰にでも親しんでもらえる公園の部分と、このように自然のままの部分の両方を持ち合わせていることが魅力です。