落語会がありました。

こんにちは閑話猿です。
昨日1月15日に当館の多目的室で新春「 南方熊楠記念館寄席」が開催されました。出演していただいたのは、わかやま市民会館落語倶楽部「紀(しるす)の会」の方々です。
非常に熱のこもった公演で、小噺、謎かけ、音曲など多彩な芸で会場を沸かせていました。参加された方も大人から子供まで幅広い層の方がおられ、生で聞く落語は良いものだと感じさせる席でした。

熊楠と落語に関してですが、明治16年から18年の上京していた頃に熊楠は寄席に通っています。明治時代には現在の東京都千代田区の辺りに寄席が固まっており、現在の万世橋近く須田町の「白梅亭」には熊楠をはじめ夏目漱石や正岡子規が通っていたようです。熊楠の「『郷土研究』一至三号を読む」(『全集』2巻 596頁)には、「予東京大学予備門にあった時、柳屋つばめという人(以下略)」とあり、寄席で唄われた奥州仙台節を熊楠も同級生と稽古したとあります。また「新庄村合併について」(『全集』6巻 206-208頁)には「餅屋問答」が「(熊楠が)14年外遊して帰ると、「蒟蒻問答」になっていた」と書かれています。そして三遊亭円左『新落語集』を読んでいることがわかります。確かに南方熊楠顕彰館の資料の中に三遊亭円佐『新落語集』が所蔵されていました。その他、『十二支考』の「鶏に関する民俗と伝説」(『全集』1巻 442頁)では、落語の「付き馬」を寄席で聞いたとあります。噺のなかには中国の古典を日本風にアレンジしたものもあるため、寄席で聞いた噺の原形ともいえるものを、熊楠は文献から読み取り、体験と学習の相互作用が巻き起こったのかもしれません。
これを機に「蒟蒻問答」や「付き馬」、中国の古典に原形をもとめるならば「饅頭怖い」あたりから落語を聞いてみては如何でしょうか。
ご参加いただきました皆様に改めて御礼申し上げます。

「ぜんざい公社」おひさま亭にっこりさん

「ぬか喜び」龍門亭梅安さん

「遺言」桜亭不二子さん

「化け物使い」ぱふく亭笑音さん

「親子酒」宝満亭福ぷくさん