山の神

皆さん、こんにちは。南方熊楠記念館の館長です。記念館の常設展示でも紹介していますが、民俗学の父と言われた柳田国男と熊楠は深い交流を行っています。

熊楠ファンの皆さま方であれば柳田国男との交流のきっかけは知っていると思いますが、「山の神はオコゼをが好む」という山の神信仰が取り持つ縁で交流が始まりました。

柳田国男は宮崎県椎葉村の民間信仰で山の神に海魚のオゴゼを供える風習があることを調べ、一方、熊楠も熊野に同様の風習があることを調べていました。熊楠は田辺の飲み友だち、湯川氏宅に狼形の山の神がオコゼを嫁にとる様子を表した屏風絵があることを知り、この屏風絵をもとに東京人類学会雑誌に山の神信仰について投稿しました。それを読んだ柳田国男が熊楠に手紙を出したことが交流のきっかけとなりました。

全国的に山の神は女神で嫉妬深く、顔の不細工なオコゼを見ると喜ぶため供えると言われています。地域によっては山の神は男神、狼形、地蔵尊、巨木、巨石などに姿を変えていますが、林業の盛んだった熊野の山間部には山の神信仰が多く残っています。

田辺市下川上(旧大塔村)には翼を持ち、今にも飛び立ちそうな躍動感ある山の神が祀られています。この山の神は女神のようで、祠の右側には大きな石製の男性シンボルが奉納されています。

また、田辺市和田(旧大塔村)には地蔵尊の形をした山の神が祀られています。これらの二つの山の神は姿形こそちがいますが、ともに「オオガミサン」と呼ばれて地元で信仰されています。

これは個人的な想像の域ですが、「オオガミサン」は狼「オオカミサン」がなまって呼ばれたのではないと想像しています。

ニホンオオカミが生息していた頃、狼は山仕事や猟師をしている人たちにとっては恐れ敬う対象であったため山の神として信仰されました。

熊楠は生物学者、民俗学者として、山と海をつなぐ関連性や神秘性に強く興味を持ったのではないかと思います。

時代の流れとともに、このような民間信仰は消えつつありますが、同様に私たちの心からも自然に対する畏敬の念や心のおおらかさが消えつつあるように感じています。

 

田辺市下川上 山の神「オオガミサン」